智恵美の部屋~セラピストへの道~

Healing roomのセラピストはどんな人なのか?詳しく書いてみました^^

 

 ~セラピストへの道

一般事務職から、結婚退職し、専業主婦だったわたしがなぜ整体にめざめたきっかけは、長男のある出来事からでした。

生後8か月の長男が突然の発熱、その日は休日だったので休日当番医へ。風邪だね~。薬のんで様子みてとお医者さん。

ところが夜中になって熱とともに、呼吸がだいぶ苦しそう。お風呂場に連れていってシャワーの湯気なら少し落ち着くかとか、いろいろ試してみたけど、一向におさまる気配もなく、そこで夫が救急車を呼ぼうと。

救急車など呼んだこともなく、不安ながらも電話をし、救急車にきてもらった。

救急隊の方は う~ん とりあえず搬送するけど、では、お父さんは車で後ろからついてきます?といわれ、呼んだことに申し訳なささえ感じながら救急車にのりこんだ。

夜間救急センターについて、お医者さんに診ていただいたところ、なんだか様子がおかしい、何回も何回も吸入を繰り返し、聴診器をあて、先生は「まだだめだ。もう一回」といい、看護婦さんがその指示をうけ、また吸入。

そのうち、「救急隊を読んで来い!」と先生が看護婦さんに指示し、診察室の奥で先生が救急隊員に「どこがふつうの状態だ!」と怒鳴っている。

なにがおこってるのかわからないが不安が消えない。

そのうち先生が「何とかできる限りのことはしました。ここでのこれ以上の処置はできませんので、もう一度救急車を呼び転送します。私も一緒に救急車にのりこみますから」と

仙台の病院へ転送され、無菌室の酸素テントの中へ。そこでいわれた一言が「お父さん、お母さん、息子さんは非常に危険な状態です。今夜が峠です。」でした。

全身ががくがく震え、その状況を受け入れることができませんでした。

私にできることは酸素テントに一緒に入って添い寝をしてあげることだけ。

一晩中泣くのと、祈ることしかできない無力感でした。

息子は危険な状態を脱しました。「救急病院の先生の処置と息子さんの生命力に感謝ですね。もう大丈夫ですよ」と先生がおっしゃってくれました。

まるで悪夢を見たような数日間でしたが、あの時一分一秒でも何かが違ったらと思うと今でも震えるほどです。私はそんなことがきっかけでお医者さんにいくか行かないか判断のできるお母さんになりたい。家族のお医者さんになりたい。と思うようになり、育児をしながら図書館で本を借り、まずは独学でからだのことを学ぶようになりました。

 

その後の自身の病気経験から整体の技術を学び、家族の介護経験から、自身の心とからだの在り方を探求するようになり、震災をきっかけに「家族のお医者さんでいたい」と共に「人々のお役に立てることはないか」という想いが広がりをみせていきました。

 

 


~Healing roomのロゴマークの成り立ち~

太極拳に出逢って東洋の「陰陽思想」により、自分自身が救われ、今はそれをお伝えする側にいます。わたしが大好きな絵本「ハチドリのひとしずく」のハチドリとしずくと陰陽をモチーフにしてHealing roomのロゴをデザインしました。なのでロゴをみると私自身がいつも初心でいられます。

 


~セラピストであること~

「愛」を以って人を癒す本質を踏まえれば、セラピストとして最後に問われるのは人間性ではないでしょうか。

動作としての技術や知識は比較的容易に身につけることができます。しかし、セラピストとしての愛の力や態度、精神性は学び育むのに多くの気づきと時間が必要とされます。

 

特に人と直接触れ合う施術の場面では、こうした部分がダイレクトに受け手につたわります。

人に触れると施術者自身の心のあり方が浮き上がってみえてくるものです。

 

施術を受けるお客様・講座に参加してくださる方々に対して、最善の良心とハートを表現することを常に心がけておきたいと思います。

 

 


~たくさんの感謝~

Healing roomはこれまでにたくさんの方々にご指導とご支援をいただきました。今回、日本ロレアル様ランコム様石巻復興支援ネットワーク様の勉強会で念願のホームページ作成をグループの仲間とともに作りあげることができました。一人一人が自分自身の力に気づき、その力を合わせることで数倍もの力になります。人って、人の笑顔って、いいですね。これからもたくさんの笑顔の輪が広がっていくことをイメージして♪